大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和57年(ネ)2566号 判決 1984年4月26日

控訴人(原告) トヨタ工業株式会社

被控訴人(被告) 株式会社三門

原審 東京地方昭和五六年(ワ)第四七三三号(昭和五七年九月二九日判決)

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は、原判決添付の別紙物件目録記載のメタルインサート及びインサート受金具を製造、販売してはならない。

3  被控訴人は、被控訴人の本店、倉庫、営業所に存する右2記載の各物件を廃棄せよ。

4  被控訴人は、控訴人に対し、金三六五万九三九二円及びこれに対する昭和五六年五月九日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

5  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

6  仮執行の宣言。

(なお、控訴人は、本訴請求中金員の支払いを求める請求を、当審において、右4の範囲に減縮した。)

二  被控訴人

主文同旨の判決。

第二当事者の主張

当事者双方の主張は、次のとおり付加、訂正するほか、原判決事実摘示のとおりであるので、これを引用する。

一  原判決の八枚目表七行目(編注、本書二四一頁一六行目)の「一億二〇〇万円」を「三六五九万三九二三円」と、同表九行目(同上、二四一頁一七行目)、同裏五行目(同上、二四一頁末行)及び同裏九行目(同上、二四二頁二行目)の各「一〇二〇万円」をいずれも「三六五万九三九二円」と、それぞれ訂正する。

二  控訴人の補足した主張

1  本件発明の構成について

ブレキヤスト鉄筋コンクリート板(PC板)に埋め込むインサートの取付方法に係る方法発明としての本件発明の要点は、型枠定盤に取り付けられた棒状のインサート支持治具とインサートとを、円筒状のパイプを仲介体として結合して、適度に固定することにある。仲介体であるパイプと被仲介体である支持治具との結合(以下「A結合」ともいう。)が先になされるか、仲介体であるパイプと被仲介体であるインサートとの結合(以下「B結合」ともいう。)が先になされるかの手順は、本件発明においてはどちらでもよいのであつて、その点に本件発明の要点があるわけではなく、パイプという仲介体を利用してインサートを取り付けるというのが本件発明の要点なのである。

このことは、本件明細書の発明の詳細な説明及び添付図面の記載に照らし明らかである。すなわち、本件明細書中の発明の詳細な説明の項の記載、殊に「即ちこの発明はインサートの支持治具の外側からパイプで締付けてインサートを固定する方法を提供するものである。」との記載及び添付図面を参酌すると、インサート取付方法としての本件発明の要点は支持治具とインサートとを結合するのにパイプという仲介体を利用することにあることが明白である。しかも、右発明の詳細な説明に記載されている本件発明の目的(インサートをPC板に直角に埋め込むこと)から見ても、はたまた右発明の詳細な説明及び右添付図面に記載されている乃至は該記載によつて認められる本件発明の作用効果(コンクリートを攪拌するバイブレーシヨンによつてインサートの位置姿勢が影響を受けないこと、コンクリートミルクがパイプの内面に侵入するのを防ぎ得ること、インサートをPC板表面より深いところに、インサートとコンクリートとの接触面積が多くなるように<これによつて大きな引つ張り強度が得られる。>、しかもインサートの開口部がPC板表面に出ないようにして<これによつてインサート開口部に錆が出るのを防ぎ得る。>埋め込むことができること、コンクリート固化後PC板を型枠定盤から簡単に脱型できること、型枠定盤に取り付けられた支持治具はPC板の再製造にそのまま反復して使用することができること等)の点から見ても、パイプによる支持治具とインサートとの結合をA―B結合の手順でするかB―A結合の手順でするかはどうでもよいことであることが明白である。別言すれば、結合手順の相違によつて、本件方法発明の目的適合性や作用効果に消長はないことが本件明細書中の発明の詳細な説明の記載及び添付図面によつて明らかとされているのである。

ところで、特許発明の技術的範囲は、願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載に基づいて定められなければならないことは言うまでもないが、明細書の特許請求の範囲の記載の全てが当該特許発明の構成要件の記載であるとは限らない。そこには当該特許発明の構成要件ではないことも当該特許発明の説明のため記載されることがある。明細書の特許請求の範囲の記載のうちどの部分が当該特許発明の構成要件の記載であり、どの部分がそうでないかは、明細書の発明の詳細な説明の項の記載や願書に添付した図面の記載や当該特許発明に係る技術分野における技術水準や出願にいたつた過程等を適宜参酌してこれを判断しなければならないことは当然であつて、当該記載が当該特許発明の目的達成のため必須のものについての記載でもなければ、当該発明所期の作用効果と関係のあるものについての記載でもないならば、当該記載は、当該特許発明の構成要件の記載ではないと言わなければならない。このことは手順の記載についてもあてはまり、手順の記載だからといつて当然にその例外をなすものではない。方法発明の場合、手順の記載は、多くの場合当該発明の構成要件をなすであろうが、それは多くの場合、記載の手順によらなければ当該発明の目的を達し得ず、当該発明所期の作用効果を得られないからにほかならない。手順の記載だからと言つてこれを特別扱いにし、手順の記載は当然に当該発明の構成要件であるとするのは誤りである。

右の観点から本件明細書の特許請求の範囲の記載をみれば、そのうちのA結合とB結合の手順としてA―B結合を記載した部分は、本件特許発明の構成要件に関しない記載部分であると言わざるを得ないのである。すなわち、右特許請求の範囲には、PC板におけるインサート取付方法として、支持治具とインサートとを固定するために仲介体としてパイプを利用することが記載されていて、これが本件発明における必須の核心的要件であり、これによつて本件発明は十分に特定されるのである。そこには、偶々、仲介体であるパイプの利用方法の具体的説明がA―B結合による場合を例にとつてなされているが、B―A結合の手順による場合を例にとつて記載されてもよかつたのである。本件明細書の特許請求の範囲における右の手順ないしは経時的順序に係る記載は、方法発明としての本件発明を特定しこれを特徴付けるところの、仲介体としてのパイプを利用するという新規なインサート取付方法についての、単なる具体的な使用方法を説明したものであるにすぎず、したがつて、該部分は、本件発明を構成しこれを特定する要素を記載したものとはいえず、結合手順の相違によつて本件発明の同一性が左右されるものではない。

この点に関し、被控訴人は、B―A結合の手順による方がA―B結合の手順によるよりもインサート取付の作業能率が上がるから、結合手順の相違は作用効果の相違を生ぜしめるとし、これをもつて結合手順の問題を本件特許発明の構成要件とする論拠の一つとしている。なるほどB―A結合の手順による方がA―B結合の手順によるよりもインサート取付の作業能率は上がる。しかしこれは分かり切つたことであつて当然すぎる程当然のことである。さればこそ控訴人も当初から、本件特許方法を実施するPC板製造業者に対して、控訴人において予めB結合をしたもの、すなわちパイプにインサートをセツトしたものを販売してきているのである。それゆえインサート取付作業の能率の問題は、本件発明所期の作用効果としては考慮外に置かれた問題であり、本件発明所期の作用効果とは無関係である。そもそもインサートの取付けをA―B結合によつてするかB―A結合によつてするかの手順の問題のごときは、いずれの手順にせよ、これを「自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のもの」とは言えないのであつて、およそ発明たり得ないのであるから、発明の要素の一部ともなり得ないものである。そうだとすれば、本件発明所期の作用効果に関係のない作用効果を問題とし、およそ発明たり得ないものを発明の要素の一つとする被控訴人の前記主張が謬見であることは明らかである。しかも、本件発明の特許出願前の従来技術との対比によつて本件発明を考察しても、本件発明のインサート取付方法が従前のものと決定的に違う点は、支持治具とインサートとを結合するため仲介体としてパイプを利用することにあるのであつて、右のようにパイプを利用することによつて取付工程における作業能率上の利点を放棄してしまうことは夢想だにしなかつたものということができる。したがつて、本件発明の実施の際、インサート取付工程における作業能率を考慮して、先ずパイプにインサートをセツトし、次いでこれを支持治具に圧入固定するという手順によるのは至極当然のことであり、このB―A結合による手順は、本件発明が当然のこととして予定している手順というべきである。

2  本件イ号物件が本件発明の実施にのみ使用する物であることについて

特許法第一〇一条第二号にいう「その発明の実施にのみ使用する物」に当たるか否かは、当該の物が、産業上、その発明の実施の他に使用することができないか否かによつて定まるものと解するのが相当である。したがつて、当該の物が、技術的に、その発明の実施の他に使用することができないかもしくは不適当である場合のみならず、経済的に(価格、手数の点のみならず商慣習、取引慣行等もこの見地から問題になる。)、その発明の実施のほかに使用することができないかもしくは不適当である場合も、産業上、その発明の実施のほかに使用することができない場合に当たるものというべきであるから、当該の物は「その発明の実施にのみ使用する物」に当たるものというべきである。

しかして、被控訴人は、原判決添付の別紙実施例目録の第一図及び第四図のもの(以下「第一図実施例」、「第四図実施例」という。)については現実に実施したものであると主張するので、これについて反論する。

(一) 第一図実施例について

第一図実施例は、在来工法における壁面用としても天井用としても、技術的に採用し得ないものである。仮に被控訴人主張のとおりこれを現実に実施したことがあるとしても、それは本件特許権紛争対策ないしは本件訴訟対策として、施工者に特に依頼して採用してもらつたものと推認せざるを得ない。

しかして、本件イ号物件中のインサート受金具(支持治具)については、被控訴人において他に使用するとして主張するのは第一図実施例のみであり、これが通常行なわれないものである以上、右インサート受金具は本件発明の実施のほかに使用されないものであることは明らかである。

(二) 第四図実施例について

被控訴人は、昭和五五年頃から、在来工法における天井用インサートとして「カラーホール」という商品名のインサートを製造販売している。右「カラーホール」なるインサートは、本件イ号物件のメタルインサートとは似て非なるものであつて、形態、仕上げが異なるのみならず、専ら在来工法においてのみ使用され、PC板工法には使用されることがない。しかして、「カラーホール」のインサート本体と本件イ号物件のインサート本体を比較すれば、製造原価において前者ははるかに安価なものであるうえ、インサート業界の商慣習上、インサート本体及びスリーブと受具は一組をなす商品であつて、その一方のみを切り離して販売することはない。

ところで、第四図実施例として被控訴人が図示したフランジ付きのインサート受金具は、前記のように安価である「カラーホール」のインサート受金具であつて、これを「カラーホール」よりは高価である本件イ号物件のメタルインサートと組み合わせて第四図実施例のようにして用いることは、経済的見地から到底考えられないことであり、もしそのようなことが真実なされたとすれば、被控訴人において本件特許権紛争対策ないしは本件訴訟対策のため特に施工者に依頼して採用してもらつたものと推認せざるを得ない。なお、被控訴人が第四図実施例を現実に実施したことを立証するとして提出した乙第四号証における「カラーホール」は、PC板工法に使用されることのないものであつて、これをもつて本件イ号物件が本件特許発明以外の方法に使用される証拠とすることはできない。

三  被控訴人の補足した主張

本件イ号物件は本件発明の実施にのみ使用されるものではなく、原判決添付の別紙実施例目録記載のとおりにも使用されるところ、右使用の実例としては、第一図実施例として埼玉県坂戸市の坂戸団地建設に際して現場打設に際し実施したことを、同第四図実施例として東京ガスのTASビル、東芝本社ビル、元加賀ビル、ホテルワシントン等のビル建築に際して実施したことをあげることができる。なお、乙第四号証に示された物件は「カラーホール」という商品名で販売されているものであるが、本件イ号物件と「カラーホール」とはなんの差異もなく、単に商品名が変わつたものであるにすぎない。

第三証拠<省略>

理由

当裁判所も控訴人の本訴請求は理由がなくこれを棄却すべきものと判断する。その理由は、原判決の理由を次のとおり削除し、及びこれに付加するほかは原判決の理由欄の記載のとおりであるので、これを引用する。

一  原判決の一七枚目表二行目(編注、本書二四六頁三行目)の「もつとも、」を、「右特許請求の範囲の記載にあつては、支持治具にパイプを挿入する工程とパイプにインサートを圧入する工程が右のとおりの経時的順序に従つてなされる方法が記載されていること自体は控訴人も自認しているところであるが、控訴人は、右の経時的順序は本件発明の本質的特徴をなす点ではなく、本件明細書の特許請求の範囲の記載中右の経時的順序の説明に係る部分は、本件発明の構成要件を記載したものとして理解さるべきものではない旨主張する。確かに、」と訂正する。

二  同一七枚目裏二行目(同上、二四六頁八行目)の「明らかであり、」から同裏一一行目(同上、二四六頁一二行目)(末行)の「明らかである。」までの部分を、「明らかである。しかしながら、これらの記載は、前示のとおり本件明細書中に積極的に開示されている先ず支持治具にパイプを挿入した後インサートを圧入する方法による場合にも当然あてはまる事柄を記載したものなのであるから、右のような記載があるからといつて、前示のとおりの発明に本件特許権が成立したものと認めることの妨げとなるものではない。もつとも本件明細書中の右のような記載から、そこに示された作用効果が右のような経時的順序によらず、先ずインサートをパイプに圧入し、しかるのちこれを型枠定盤にとりつけた支持治具に挿入した場合にも奏されるものであることは、当業者において容易に理解できるであろうことは十分首肯し得るところであり、本件明細書の発明の詳細な説明の中には、特許請求の範囲に記載されたような経時的順序によるか否かを問うことなく、支持治具の外側からパイプで締め付けてインサートを型枠定盤に固定する方法としてのより広い発明が開示されているものと認める余地がないわけではない。しかしながら、明細書に開示した発明のどの部分について特許権による保護を受けるべき発明として出願するかは出願人の自由に属することであり、そのような範囲を明示するものとして特許請求の範囲に記載された発明が、それ自体明瞭に把握できるものであつて、明細書中に開示された広い発明の中に包含されている以上、当該広い発明自体が特許性を有するものであり、これを特許請求の範囲のものに限定した構成自体は技術的に無意味であると評される場合であつたとしても、特許権の保護は特許請求の範囲に記載された発明に対してのみ及ぶものであつて、右のように限定した構成が特許請求の範囲に記載されていることをもつて、特許発明の構成とは関係がなく、特許発明を特定する機能を有しないものとすることはできないといわねばならない。これを本件発明についていえば、本件特許は、インサート支持治具、パイプ及びインサートに関する物の発明ではなく、インサート取付方法に関する方法の発明についてなされているものであつて、支持治具にパイプを挿入する工程と右パイプにインサートを圧入する工程とを右の順序に行うことを構成要件とし、このような構成要件を備えることによつて特定された範囲の発明を特許発明として成立したものといわねばならない。控訴人の前記主張は採用し得ない。」と訂正する。

三  同一九枚目裏八行目の末尾(同上、二四七頁一三行目)に、「控訴人は、この点について、支持治具にパイプを挿入する工程とパイプにインサートを圧入する工程の手順をいかなる順序とするかはなんらの発明力も要しない程度の事項であつて、先ずパイプにインサートをセツトしておくことの方が作業能率上好ましいことは自明のことであるから、右のような効果の差があることをいうのは誤りである旨主張する。しかしながら、控訴人の右主張は、本件発明が前示のような物に関する発明であるとすれば、あるいは採用し得るものであるとしても、本件発明は方法の発明であり、前示のとおり先ず支持治具にパイプを挿入することを構成要件の一としているのであり、先ずパイプ(スリープ)にインサート(インサート本体)を圧入する被控訴人製品の取付方法は、これと構成を異にするものであるから、工程の手順をいかなる順序とするかはなんらの発明力をも要しない程度のことであるとしても、被控訴人製品の取付方法は、本件特許発明の権利範囲に属しないものといわなければならない。」と付加する。

四  同二〇枚目表五行目(同上、二四七頁一八行目)から九行目(同上、二四七頁一九行目)までを削る。

以上のとおり、控訴人の請求は、控訴人主張のその他の点について判断するまでもなく失当であり、これを棄却した原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担について民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 高林克巳 杉山伸顕 八田秀夫)

原審判決の主文、事実及び理由

主文

一 原告の請求を棄却する。

二 訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一 請求の趣旨

1 被告は

(一) 別紙物件目録記載のメタルインサート及びインサート受金具を製造、販売してはならない。

(二) 被告の本店、倉庫、営業所に存する被告所有の前記(一)記載の各物件を廃棄せよ。

(三) 原告に対し、金一〇二〇万円及びこれに対する昭和五六年五月九日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

3 仮執行の宣言

二 請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一 請求の原因

1 原告は、左記の特許権(以下、「本件特許権」といい、その特許発明を「本件発明」という。)を有している。

発明の名称 プレキヤスト鉄筋コンクリート板に埋込むインサートの取付方法

出願日   昭和四六年一二月一日

公告日   昭和五三年三月一〇日

登録日   昭和五三年一〇月一三日

特許番号  第九二七二三〇号

2 本件発明の特許出願の願書に添附した明細書(以下、「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の記載は次のとおりである。

「プレキヤスト鉄筋コンクリート板製作用の鋼製の型枠定盤にとりつけた棒状のインサート支持治具に円筒状のパイプを挿入し、そのパイプの中にインサートを上部から圧入して固定するインサートの取付方法。」

3(一) 本件発明の右特許請求の範囲の記載を分説すれば、次の構成となる。

(1) プレキヤスト鉄筋コンクリート板製作用の鋼製の型枠定盤

(2) 該型枠定盤にとりつけた棒状のインサート支持治具

(3) 該支持治具に円筒状のパイプを挿入する

(4) 円筒状パイプの中にインサートを上部から圧入する

(5) 前記型枠定盤に固定する

(6) インサートの取付け方法

(二) 本件発明の目的及び作用効果

本件発明は、屋内電気配線や照明器具を取付ける為のインサートを、予めプレキヤスト鉄筋コンクリート板(以下、「PC板」と略称する場合がある。)に埋込むための技術に係るものであり、従来工法においては、インサートをPC板中に決定的に正確な角度で埋込むことができず、その埋込みが十分深く行われなかつたり、インサートの位置がコンクリートのかくはん中にずれたりして支障が生じたのであるが、本件発明はこれの防止を目的とするものであつて、前記構成をとつた結果、本件明細書の発明の詳細な説明の項記載のとおり、次のような作用効果を奏する。

(1) 「この方法によるとインサート4はコンクリート板5表面より深い位置に埋込むことが出来、それだけコンクリートかぶりが深く引張り強度が大きく得られる。」(別添特許公報(以下、「本件特許公報」という。)第2欄二三行ないし二六行)

(2) 「支持治具1は取外す必要のあるまで定盤2に取付けた儘反復使用が出来る。)(同二七行、二八行)

(3) 「この時パイプの内径は支持治具1及びインサート4の外周に密着するものを使用することによつてパイプの内面にコンクリートミルクが侵入することを防ぐ。」(同二九行ないし三二行)

(4) インサート4はコンクリート板5と一体となり、定盤2面の支持治具1から外れ簡単に脱型できる(同一五行ないし二二行)

(5) 「コンクリートを攪拌するバイブレーシヨンの影響を受けても支持治具1とインサート4のつながりに支障のないように、更に出来るだけインサートの外周にコンクリートの接触面積が多いようにする」(同一〇ないし一四行)

(三) 本件発明は、インサートの取付方法に関する発明であるが、化学反応に関する発明のように方法の経時的順序が当然に必須の構成要素となる発明と異なり、以下(1)ないし(4)に述べる理由からも明らかなとおり、インサート、円筒状のパイプ(以下、「パイプ」と略称する場合がある。)棒状のインサート支持治具(以下、「支持治具」と略称する場合がある。)の取付け順序が経時的に厳格な過程を経なければその目的、作用効果を奏することができないというものではなく、取付け順序が前後しても前記の目的及び作用効果を奏することに何らのかわりはない。したがつて、本件発明の前記3(一)(3)の支持治具のパイプを挿入する工程と同(4)の右パイプの中にインサートを上部から圧入する工程の経時的順序は、本件発明にとつて重要な要素ではなく、右各工程の経時的順序が逆の場合であつても、構成としての同一性がある。

(1) 本件明細書の特許請求の範囲の記載から、パイプを支持治具に挿入することが先決条件で、その後においてパイプにインサートを圧入する以外の取付け順序はすべて構成要件外である、との文理解釈は当然には出てこないのであり、そのように読み取らなければならない必要性は全くない。

(2) 本件発明の特徴は、ブレキヤストコンクリート工法において、「インサート4と支持治具1の外側からパイプ3で締付けてインサートを固定する方法」(本件特許公報第2欄三三行ないし三五行)にあり、支持治具、パイプ、インサートの組合せそのものから(二)記載の各作用効果が生ずるのであつて、右各部材相互間の取付け順序に発明としての本質的特徴があるのではない。

(3) 本件発明の特許出願過程において、出願人が「支持治具にパイプを先ず挿入する」方法のみを請求し、「パイプにインサートを圧入したものを支持治具に挿入する」方法を特に除外した経過も事実もない。

(4) 支持治具、パイプ、インサートを本件発明のように組合せたインサートの取付け方法に関する先行技術はない。

4 被告は、別紙物件目録記載のメタルインサート及びインサート受金具(以下、「被告製品」という。)を製造、販売している。

5 被告による被告製品の製造、販売は、以下の理由により特許法第一〇一条二号に該当し、本件特許権を侵害するものとみなされる。

(一) 被告製品のインサート受金具、スリーブ、インサート本体は、それぞれ本件発明を実施するために使用される部材である棒状のインサート支持治具、円筒状のパイプ、インサートにそれぞれ該当するものであり、メタルインサートは、インサート本体をスリーブに圧入装着したものにすぎない。

(二) 被告製品の取付け方法は、別紙物件目録記載のとおり、PC板製作用の鋼製の型枠定盤に取付けたインサート受金具にメタルインサートのスリーブ下部を挿入して、インサート本体を右型枠定盤に固定する方法であるが、これを経時的にみれば、まず、インサート本体をスリーブに圧入してメタルインサートを作り、次いで該メタルインサートのスリーブ下部を型枠定盤に取付けたインサート受金具に挿入するという工程からなる方法である。

そして、右被告製品の取付け方法と前記3(一)記載の本件発明の構成とを対比すると、被告製品の取付け方法と本件発明とでは、本件発明にいうパイプ及びインサートの取付け順序が逆になつている点に差異があるように見える。しかし、本件発明の構成(3)、(4)の経時的順序に本件発明の特徴があるのではなく、(3)、(4)の順序が逆でも本件発明としての同一性があること前述のとおりであるから、被告製品の取付け方法は、本件発明の構成と同一である。

(三) 以上のとおり、被告製品の取付け方法は本件発明の構成要件を充足するから、被告製品は本件発明の実施にのみ使用する物に当たる。

6(一) 被告は、昭和五三年七月から昭和五五年末までの間に、少なくとも一億二〇〇万円の被告製品を製造、販売しており、その利益率は右売上高の一〇パーセントを下らないから、被告は、右により一〇二〇万円を下らない利益を得た。

(二) 原告は、本件特許権に基づき、被告製品と同種製品を製造、販売しているから、特許法第一〇二条一項により、被告の得た利益の額をもつて、原告が被告の右侵害行為によつて被つた損害の額と推定される。

(三) よつて、被告は原告に対し、不法行為に基づく損害賠償として一〇二〇万円を支払うべき義務がある。

7 以上により、原告は被告に対し、本件特許権に基づき、被告製品の製造、販売の差止め、被告製品の廃棄を求めるとともに、不法行為に基づく損害賠償として、損害金一〇二〇万円及びこれに対する不法行為その後である昭和五六年五月九日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二 請求の原因に対する認否

1 請求の原因1、2の事実は認める。

2 同3(一)の事実は認める。(二)中、本件明細書の発明の詳細な説明の項に原告主張の(1)ないし(5)の記載のあることは認めるが、その余の事実は否認する。(三)は否認する。

3 同4の事実は認める。

4 同5の事実中(二)の事実は認めるが、その余の事実は否認する。

5 同6の事実は否認する。

三 被告の主張

被告製品は間接侵害を構成しない。

1 被告製品の取付け方法は、本件発明とはその構成及び作用効果を異にする。

(一) 構成の相違

(1) 本件発明と被告製品の取付け方法とでは、原告も自認しているうちに、パイプを支持治具に挿入する工程とパイプにインサートを圧入する工程の経時的順序が逆になつている。

(2) 原告は、右差異があつても被告製品の取付け方法は本件発明の構成要件を充足する旨主張している。

しかしながら、本件発明は方法の発明であつて、インサートの取付け方法の同一性が問題なのであり、本件発明を実施した場合と被告製品の取付け方法によつた場合とで、インサート(インサート本体)を型枠定盤に固定した際の形状が同一であつたとしても、各工程の経時的順序が異なる以上、インサートの取付け方法の同一性があるとはいえず、被告製品の取付け方法は本件発明の構成要件を充足しない。

(二) 作用効果の相違

本件発明によると、型枠定盤に取付けられた支持治具に、まず、パイプを挿入し、その上からインサートを圧入するわけで、PC板製造工場の作業員にとつては、パイプ挿入、インサート圧入という二段階の作業が必要であるうえ、圧入のための道具の携帯使用が不可避である。また、インサートはPC板に適宜間隔を保つて多数取付けられるので、作業員は、常にパイプ挿入、インサート圧入を繰り返すか、パイプの挿入が全部終つてからインサートの圧入にとりかかることになり、非常に作業能率が悪い。

これに対し、被告製品の取付け方法は、これを経時的にみても、スリーブへのインサート本体の圧入、すなわちメタルインサートの作成は、被告において大量、迅速、簡易、確実になすことができ、かつ、PC板製造工場においては、作業員は、右メタルインサートをインサート受金具に挿入するだけでよく、右作業を迅速、容易、確実に行なうことができ、作業能率の著しい向上をもたらす。また、貯蔵、運搬時の管理がし易い、という効果もある。

(三) 以上によれば、被告製品の取付け方法は本件発明の構成要件を充足せず、作用効果も異なるから被告製品は間接侵害を構成しない。

2 被告製品は、本件発明の実施にのみ使用されるものではない。

(一) インサート受金具

インサート受金具は、PC板製作用の型枠定盤に螺合するために使用されるほか、現場施行のメタルフオームパネルに取付け、ナツトで締めつけて固定する方法や一般にセツトネジと称され、部品と機枠又は基礎、あるいは部品同志の位置決め等をして固定するための手段にも用いられる。

(二) メタルインサート

メタルインサートも受金具同様、メタルフオームパネル用として現場打設の際も使用されている。その実施例は、別紙実施例目録第1図ないし第6図記載のとおりである。

(三) 以上によれば、被告製品は本件発明の実施にのみ使用する物とはいえず、本件発明の間接侵害を構成する物ではない。

四 被告の主張2に対する原告の反論

1 インサート金受具について

インサート受金具は、本件発明の実施のためにのみ使用されるものであつて、これを他の一般のコンクリート工法(いわゆるR・C工法)に使用する必要は全くなく、部品として敢えて他に流用する経済性も実用性もない。

2 メタルインサートの実施例について

(一) 本件発明におけるインサート受金具は、型枠定盤にコンクリート打設方向から直角にネジ止めして作業の能率を高め、施行を容易、迅速にするものであり(本件特許公報第1欄三五行ないし第2欄四行)、他方、別紙実施例目録の第1図ないし第3図の実施例は、型枠定盤の後方(反対側)から螺子止めするもので、右各実施例は、この意味で本件発明とは全く異なる例である。そして、右各実施例では実際の作業行程が多く、かつ困難で、理論上はともかく、経済的かつ現実的な実施例とはいえない。

(二) 別紙実施例目録の第4図ないし第6図の実施例は、木ネジないし釘により受金具を定盤に取付けたものであるが、これらの実施例も理論上のものであつて、現実にこの方法を用いて実施・営業をした事実は見聞したことはないし、経済性のない机上の発想である。

(三) また、右第3図ないし第6図の実施例では、受金具の鍔(フランジ)部が凹状にコンクリートに残存してしまうこととなり、現実性のないものである。右第2図の実施例に至つては、ボルトを定盤の反対側(後方ないし裏側)からインサートをネジ止めするのであるが、作業上も不可能な実施例である。

第三証拠関係<省略>

理由

一 請求の原因1、2、4の事実は当事者間に争いがない。

二 成立に争いのない甲第二号証(本件特許公報、別添特許公報と同じ。)によると、本件明細書の発明の詳細な説明の項は、本件発明の目的とするところを述べる冒頭の部分(本件特許公報第1欄二〇行ないし三六行)と、これに続いて本件発明のインサートの取付け方法を説明する部分(同第1欄三七行ないし第2欄一四行)と、次いでインサートを取付けた型枠定盤を用いてプレハブコンクリート板を製作するに当つての効果を述べる部分(同第2欄一五行ないし第3欄三行)からなること、右本件発明のインサートの取付け方法を説明する部分は、「先づ第1図に示す棒状のインサート支持治具1をコンクリート板5を製作するに用いる鋼製の型枠定盤2に螺合して直角に取付ける。この支持治具1の本体の外径はインサート4の外径とほぼ等径のものとする。次にこの支持治具1に第2図に示す円筒状のパイプ3を外側に挿入する。このパイプ3の中に第3図に示すインサート4を上部より圧入するのであるが、圧入する部分の長さはインサート長さの1/3程度になるようにパイプ3の長さを設定する。」と記載されており、これによると、本件発明によるインサートの取付け方法は、先ず、型枠定盤に取付けた支持治具の外側にパイプを挿入し、次いで、このパイプの中にインサートを上部から圧入するという経時的順序に従つてなされることが明らかにされており、右順序を逆にしてインサートを取付ける方法は何ら説明されていないこと、また、明細書添付の図面も、右詳細な説明に示されているように、第1図aは、インサートを取付けるための支持治具を型枠定盤に螺合して取付けた状態を、第2図は、第1図の型枠定盤に取付けた支持治具にパイプを差込んだ状態を、第3図は、第2図のパイプ中にインサートを圧入した状態を示し、本件発明のインサートの取付け方法を経時的順序に従つて図示していることが認められる。

右認定の事実と前記当事者間に争いのない本件明細書の特許請求の範囲の記載を綜合考慮すれば、本件特許出願において、出願人が本件発明の構成に欠くことができない事項として特許請求の範囲に記載したところは、

(1) プレキヤスト鉄筋コンクリート板製作用の鋼製の型枠定盤に取付けた棒状のインサート支持治具に円筒状のパイプを挿入し、

(2) そのパイプの中にインサートを上部から圧入して固定する、

という工程を経時的に遂行することを内容とするプレキヤスト鉄筋コンクリート板に埋込むインサートの取付け方法であり、この方法の発明について本件特許権が成立したものと認められる。

もつとも、前掲甲第二号証によると、本件明細書の発明の詳細な説明の項には、「即ちこの発明はインサートの支持治具の外側からパイプで締付けてインサートを固定する方法を提供するものである。」との記載があり(本件特許公報第2欄三三行ないし三五行)、また、本件明細書の発明の詳細な説明の項に、請求の原因3(二)(1)ないし(5)のとおりの記載が存することは当事者間に争いがないが、右各記載は、その記載内容からして、本件発明を実施するために使用する部材である支持治具、パイプ、インサートの各形状及びその組合わせに由来する作用効果に関する記載であつて、本件発明の各工程の経時的順序に由来する作用効果に関する記載ではないことが明らかであり、これらの記載からすると、本件出願人は、支持治具の外側からパイプで締付けてインサートを型枠定盤に固定する内容の発明を本件明細書において開示する意図を有していたと認められなくはない。しかし、明細書において開示した発明のどの部分を特許請求の範囲に記載して特許権による保護を受けるべき発明とするかは、出願人の自由であつて、特許請求の範囲の記載によつて把握できる発明の範囲を超えた内容を発明の詳細な説明に開示したとしても、この超えた部分に特許権による保護を与えることは原則としてできないことは明らかである。

したがつて、支持治具にパイプを挿入する工程と右パイプの中にインサートを上部から圧入する工程の経時的順序が逆の場合であつても、発明の構成としての同一性がある旨の原告の主張は採用し得ない。

三 被告製品を表示するものであることについて当事者間に争いのない別紙物件目録の記載及び被告製品のメタルインサートであることについて当事者間に争いのない検甲第三号証の二によると、被告製品のメタルインサートは、インサート本体をスリーブに圧入装着したものであり、被告製品のインサート受金具及び右メタルインサートを構成するスリーブ、インサート本体はそれぞれ本件発明を実施するために使用する部材である棒状のインサート支持治具、円筒状のパイプ、インサートにそれぞれ該当するものと認められる。そして、被告製品の取付け方法が別紙物件目録の「取付け方法説明」の項記載のとおりであることは、当事者間に争いがない。

四1 前記二で認定した本件発明の構成要件と右当事者間に争いのない被告製品の取付け方法とを対比してみるに、前者は、型枠定盤に取付けた支持治具に、まずパイプを挿入し、次いで右パイプ中にインサートを圧入してインサートを型枠定盤に固定するという方法であるのに対し、後者は、これを経時的にみると、まずインサート本体をスリーブに圧入装着してメタルインサートを作り、次いでメタルインサートのスリーブの下部を型枠定盤に取付けたインサート受金具に挿入してインサート本体を型枠定盤に取付けたインサート受金具に挿入してインサート本体を型枠定盤に固定するという方法であつて、前者と後者とでは、支持治具(インサート受金具)にパイプ(スリーブ)を挿入する工程とパイプ(スリーブ)中にインサート(インサート本体)を圧入する工程の経時的順序が逆になつていることが認められ、被告製品の取付け方法が本件発明の構成要件を充足しないことが明らかである。

2 次に、作用効果の点について両者を対比してみるに、被告製品の取付け方法による場合には、スリーブにインサート本体を圧入装着してメタルインサートを作る工程と型枠定盤に取付けたインサート受金具に右メタルインサートのスリーブ下部を挿入する工程を場所的、時間的制限を受けることなく分業化して、メタルインサートを予め作つておくことができるのに対し、本件発明を実施する場合には、右の分業化ができないと認められ、右事実からすれば、被告製品の取付け方法には、本件発明と各工程の経時的順序を異にすることにより、本件発明とは異なる作用効果が存するものと認められる。

3 以上の事実からすれば、被告製品の取付け方法は、本件発明とはその構成を異にし、かつその方法の経時的順序に由来する作用効果にも少なからぬ差異が存することが明らかであるので、被告製品の取付け方法は本件発明の技術的範囲に属するものとはいえない。

したがつて、被告製品は、本件発明の実施に使用するものとはいえず、間接侵害を構成しないことが明らかである。

五 よつて、被告製品が本件発明の間接侵害を構成することを前提とする原告の本訴請求はその余の点について判断するまでもなく理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用につき民事訴訟法第八九条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

物件目録<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例